ポケットWiFiのテスト。
常磐線⇒上野 少し不安定なところあり、特に北千住ら辺を通過するとこ。
上野⇒新橋 安定、特にストレスの感じない環境。
Twitterでひさしぶりに呟きながら通勤した。
これなら出張中に仕事をケアできるかな。
・・・けど1つ問題。
Twitterに依存していたら終わり。
1つのツールであって使いすぎは毒。
現実的なようであって非現実なところがTwitterの中毒性を示していると感じる。
なるべく通勤は自分の時間で勉強とかに充てたい。
上手く付き合わないとTwitterに食われる。
バランス感覚が求められてる感じがする。
2010年5月17日月曜日
新橋神話大系
土曜は銀座でお店を予約して飲み会の予定だった。
しかし、メンバーが流動的な様で新橋で適当に店を見つける方針に変更。
案の定、飲み会当日まで出欠が変わった。
腹痛とかヒマになったとかでメンバーが変更。
出欠を変更する人程、社会人として成長してないと思わせる言動が多々。
私はともかく、せめて先輩にぐらい気を使ってほしいと思わせるメールとか送ってる人もいる。
そんなこんなで開催された飲み会だったけど。
結果は楽しめて、色々言い合って有意義に終了。
話の内容は恋バナ中心。
仕事と恋愛の関係について熱く語り合ったりした。
私のすべきことは受動的ではなく能動的にもっと活動することか。
なんか色々と考える課題をもらった気がする。
課題の期日まで時間が足りない。
しかし、メンバーが流動的な様で新橋で適当に店を見つける方針に変更。
案の定、飲み会当日まで出欠が変わった。
腹痛とかヒマになったとかでメンバーが変更。
出欠を変更する人程、社会人として成長してないと思わせる言動が多々。
私はともかく、せめて先輩にぐらい気を使ってほしいと思わせるメールとか送ってる人もいる。
そんなこんなで開催された飲み会だったけど。
結果は楽しめて、色々言い合って有意義に終了。
話の内容は恋バナ中心。
仕事と恋愛の関係について熱く語り合ったりした。
私のすべきことは受動的ではなく能動的にもっと活動することか。
なんか色々と考える課題をもらった気がする。
課題の期日まで時間が足りない。
2010年5月14日金曜日
裏の裏は表ですね
携帯の機種変完了。
W43→SH006+Pocket WiFi (D25HW)
ドンキホーテでセットで0円で販売されてた。
0円なんて何か裏がある。
裏を承知で契約。
裏は・・・
①EMOBILスーパーライトデータプラン2年MAX契約・基本料金2900円~6880円
②EZWEBコンテンツ強制加入315円×10個=3150円(初月のみで解約可能)
諸事情により既に家のインターネット(auひかり・毎月約6000円)は解約済み。
早速、家でWifi‐WINを試す。
あれ?つながらない・・・
説明をみるとWifi‐WINオプションに加入が必要とのこと。
ドンキの店員何も言ってなかった。
とりあえず加入・・・
「午後8時以降の加入は翌々日から接続できます」とお知らせ。
え?何それ・・・
さらにSH006のバッテリーは残り少し。
ポケットWifiも充電必要。
みんなしっかりしてくれ。
仕事終わりで携帯に慣れようという体力もなく。
明日は慣れた古い携帯で飲み会行こう。
機種変って大変やな。
ドンキホーテでセットで0円で販売されてた。
0円なんて何か裏がある。
裏を承知で契約。
裏は・・・
①EMOBILスーパーライトデータプラン2年MAX契約・基本料金2900円~6880円
②EZWEBコンテンツ強制加入315円×10個=3150円(初月のみで解約可能)
諸事情により既に家のインターネット(auひかり・毎月約6000円)は解約済み。
早速、家でWifi‐WINを試す。
あれ?つながらない・・・
説明をみるとWifi‐WINオプションに加入が必要とのこと。
ドンキの店員何も言ってなかった。
とりあえず加入・・・
「午後8時以降の加入は翌々日から接続できます」とお知らせ。
え?何それ・・・
さらにSH006のバッテリーは残り少し。
ポケットWifiも充電必要。
みんなしっかりしてくれ。
仕事終わりで携帯に慣れようという体力もなく。
明日は慣れた古い携帯で飲み会行こう。
機種変って大変やな。
2010年5月11日火曜日
御利用は計画的に
新しい期に入り、未だに面談が続いてる。
ウチはいろんな上司が面談にやってくる。
私みたいな若造の面談をしても意味があるのかと疑問に思う。
上司や会社の文句を言ったら死ぬまで自分の評価に関わる。
これは言い過ぎではない。
会社員であり続けるなら当たり前。
もちろん、階級が上がり立場が変われば言うことが仕事になる。
一生、評価されたり、評価したりして生きてく。
だから私は「ノー、プロブレム」、「イエス、アイキャン」しか言わない。
言いたいことはたくさんある。
こんなところで自分のプライドの大安売りはしない。
今は我慢、時が来るのを待つ。
ウチはいろんな上司が面談にやってくる。
私みたいな若造の面談をしても意味があるのかと疑問に思う。
上司や会社の文句を言ったら死ぬまで自分の評価に関わる。
これは言い過ぎではない。
会社員であり続けるなら当たり前。
もちろん、階級が上がり立場が変われば言うことが仕事になる。
一生、評価されたり、評価したりして生きてく。
だから私は「ノー、プロブレム」、「イエス、アイキャン」しか言わない。
言いたいことはたくさんある。
こんなところで自分のプライドの大安売りはしない。
今は我慢、時が来るのを待つ。
2010年5月8日土曜日
2010年5月7日金曜日
私の履歴書
営業の外回り中。
最近、就活中であろう女性や男性を見かける。
熱心に本を読んでたり、辛そうな感情が表情に滲み出てる人など様々。
2年前に私は就活していた。
大学3年の2008年3月某プラント系企業に内定。
3月内定は早いほうだが理系、外資系、プラント系は普通の時期。
世の中は売り手市場やら言われてた時だった。
色々と大手メーカーを中心に約10社に挑戦したけどダメだった。
全ての会社の最終面接で成績表見せると苦悶の表情を見せる。
自分でもそのアクションが自然だろうなと苦笑いしてた。
ある企業では卒業するから信じてくださいみたいなこと言った気がする。
今の就職先は成績表はスルーだった。
ここに至るまで色々あった。
正直、生まれてこのかたまともな勉強をしてない。
中学時代の成績はクラスで最後から数えたほうが早い。
何度か勉強しようと思ったりして、塾行ったりしたけど何も変化なし。
偏差値は低いが私立の塾みたいな高校に入学。
授業時間が長くて、しんどい思いをさせられたが放課後は勉強せず友達とカラオケ行ったり遊び三昧。
結局、高校3年まで成績は中の下ぐらいで低迷していた。
この成績でまともに大学受験したら人生終わりだと気づく。
逆転の手段を考えた結果がAO入試という安易な考え。
小論文が必須なので、片っ端から参考書を見てみるが自分に合わず。
一番見やすい薄い参考書を片手に大手予備校の小論文講座に忍び込んだりした。
あとは試験当日に発表される課題にヤマを張る作業しかしなかった。
第一志望は関西では有名な私立。
第二志望は関西ではまあまあ有名な私立。
第一志望は4段階あって奇跡的に最終試験まで通過したが最後で不合格。
最終試験で落ちたのは私一人。
第二志望は第一志望で最終試験まで通過した自信とヤマが当たり合格。
結果的には私の偏差値に20点ぐらい足さないといけない大学に入ってた。
もちろん大学の成績は卒業証書をもらうまで本気でドキドキの内容だった。
公認サークルの幹部、非公認の飲み会サークル幹事みたいなもの、文化祭実行委員やら色々やってみた。
貧乏学生でバイトも時給が高いものを求めて5つぐらい変えてやった。
けど就活のエントリーシートに何でやったか何を得たかとかの内容はほとんど書かなかった。
ほとんど箇条書きみたいな形で内容は書かずに内容は面接でのお楽しみみたいな文章。
今で言うと「続きはTwitter」みたいに挑戦的だった。
偶然にも斬新であったのか面接官から好評。
志望企業の選定作業に入る。
営業が出世できると聞いて営業志望は決まった。
父親・母親が金融関係なので金融業界は敬遠。
泥臭い営業に興味があったというか、それぐらいしかできないだろという考えからメーカーを志望。
貧乏学生の名残りからか、給料はウソをつかないという思想があった。
なので給料ランキングでベスト10以外は受けないという幼稚な発想に至る。
さらに製造業でシェアNo.1を持ってる会社という縛りをつける。
そしたら10社ぐらいしか残らなかった。
そして今に至る。
これからの人生のほうが長いんだよなと思う今日この頃。
最近、就活中であろう女性や男性を見かける。
熱心に本を読んでたり、辛そうな感情が表情に滲み出てる人など様々。
2年前に私は就活していた。
大学3年の2008年3月某プラント系企業に内定。
3月内定は早いほうだが理系、外資系、プラント系は普通の時期。
世の中は売り手市場やら言われてた時だった。
色々と大手メーカーを中心に約10社に挑戦したけどダメだった。
全ての会社の最終面接で成績表見せると苦悶の表情を見せる。
自分でもそのアクションが自然だろうなと苦笑いしてた。
ある企業では卒業するから信じてくださいみたいなこと言った気がする。
今の就職先は成績表はスルーだった。
ここに至るまで色々あった。
正直、生まれてこのかたまともな勉強をしてない。
中学時代の成績はクラスで最後から数えたほうが早い。
何度か勉強しようと思ったりして、塾行ったりしたけど何も変化なし。
偏差値は低いが私立の塾みたいな高校に入学。
授業時間が長くて、しんどい思いをさせられたが放課後は勉強せず友達とカラオケ行ったり遊び三昧。
結局、高校3年まで成績は中の下ぐらいで低迷していた。
この成績でまともに大学受験したら人生終わりだと気づく。
逆転の手段を考えた結果がAO入試という安易な考え。
小論文が必須なので、片っ端から参考書を見てみるが自分に合わず。
一番見やすい薄い参考書を片手に大手予備校の小論文講座に忍び込んだりした。
あとは試験当日に発表される課題にヤマを張る作業しかしなかった。
第一志望は関西では有名な私立。
第二志望は関西ではまあまあ有名な私立。
第一志望は4段階あって奇跡的に最終試験まで通過したが最後で不合格。
最終試験で落ちたのは私一人。
第二志望は第一志望で最終試験まで通過した自信とヤマが当たり合格。
結果的には私の偏差値に20点ぐらい足さないといけない大学に入ってた。
もちろん大学の成績は卒業証書をもらうまで本気でドキドキの内容だった。
公認サークルの幹部、非公認の飲み会サークル幹事みたいなもの、文化祭実行委員やら色々やってみた。
貧乏学生でバイトも時給が高いものを求めて5つぐらい変えてやった。
けど就活のエントリーシートに何でやったか何を得たかとかの内容はほとんど書かなかった。
ほとんど箇条書きみたいな形で内容は書かずに内容は面接でのお楽しみみたいな文章。
今で言うと「続きはTwitter」みたいに挑戦的だった。
偶然にも斬新であったのか面接官から好評。
志望企業の選定作業に入る。
営業が出世できると聞いて営業志望は決まった。
父親・母親が金融関係なので金融業界は敬遠。
泥臭い営業に興味があったというか、それぐらいしかできないだろという考えからメーカーを志望。
貧乏学生の名残りからか、給料はウソをつかないという思想があった。
なので給料ランキングでベスト10以外は受けないという幼稚な発想に至る。
さらに製造業でシェアNo.1を持ってる会社という縛りをつける。
そしたら10社ぐらいしか残らなかった。
そして今に至る。
これからの人生のほうが長いんだよなと思う今日この頃。
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